懐かしの地車フィルム

 昭和50年代の懐かしの映像を見る機会がありました。
   内容は、八木地区。8ミリフィルムの映像でした。

  以下は、手元の自資料から抜粋ですが
    昭和50年代には
    
      S50年 荒木町、北額
      S51年 額原
      S53年 西大路町
      S54年 池尻町 (切妻→入母屋)、田治米 (独特な二重破風へ。53年?)
      S55年 小松里町、下池田町
      S56年 箕土路町 (あの独特の屋根から変わる)
      S58年 大町
      S59年 荒木町新調 (57、58は不参加) 

               の という風な感じで大修理されていると思います。


* 50年代中盤は、世は八木地区を問わず大修理ブーム。
    屋根等が新調され8ミリ映像でも新しくなっている様子が解ります。

    同時に特徴あった化粧や法被が、現在風に画一化されていく
      時代でもあったと思います。  


* そのDVDの内容ですが
     主に行事参り。そして夜疑神社宮入等の映像でした。 

     時代のテロップ表記の順は

       S53  <行基参り>
        ↓
       S54  <夜疑神社宮入>
        ↓
       S55  <行基参り>
        ↓
       S56  <行基参り>
        ↓
       年代表示無し (おそらく2年分、夜疑神社宮入と行基参り)
              

  しかし疑問に思った点や自分なりに考察した結果の順は以下の通り

       S54 理由は、池尻が入母屋。田治米が池尻方面から進入
        ↓
       S53 理由は、池尻が切妻。西大路の屋根が新しい。
        ↓
       S55 下池田・小松里の屋根が新しい。田治米は通常順路。
        ↓
       S56 中井・箕土路の屋根が新しい
        ↓
       S58? 大町の屋根が新しい。荒木町が不参加。
        ↓
       S59? 荒木町が新調地車 
        

* 他の資料では、田治米はS55年から行基参りに参加ということですが
    前年の54年池尻方面から上がって寺入しているので、この年は
    試験的に寺入りしたのかな。
 
        しかし田治米の地車大きいですね。屋根もイカツイ!!


* 吉井町は、S53年当時屋根が新しく見えたので、この辺りの年に修理
    してそうでした。


◇ 最後には、荒木町の新調地車が映ってましたが、8ミリ映像で
    新調時の映像が見れるとは思いませんでした。感動ですね。


◇ また吉井町もこの時代に今の法被に揃い出したのですね。
     後旗は何処かで見たような・・・。

    現在の小松里町の松葉の特殊紋。この頃の法被や交差旗
      の意匠を復刻しているのかなと思いました。

  他、箕土路のエンジ交差旗、池尻黒パッチなど興味深々になった。
    中井の大修理後の化粧も魅入ってしまいましたね。




◇ 昭和50年代の大修理ブーム以降、各町がどの年にどの屋根に
    変わったかを調べている私にとってこの当時の映像はメチャクチャ
    勉強になります。全地区調べるのは不可能ですが、入手出来た
    地区・町だけでも調べていきたいです。

     ただ、このジブの大修理以前の地車は法被・化粧等特徴ありすぎて
       映ってる町が何処の町か判断するのがちょっと私には一苦労かも。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント